大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(あ)2153号 判決

主文

原判決中、被告人太陽石油株式会社、同九州石油株式会社及び同田村靖一に関する部分を破棄する。右被告人らは、本件各公訴事実につき、いずれも無罪。

その余の被告人らの本件上告を棄却する。

理由

〔凡例〕

一  左に掲げる略称を用いることがあるほか、日常使用される略称を用いることがある。

略称   正式名称

独禁法 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律

公取委 公正取引委員会

通産省 通商産業省

通産大臣 通商産業大臣

石連 石油連盟

オペック 石油輸出国機構

オアペック アラブ石油輸出国機構

上告趣意(一) 弁護人眞子傳次ほか三七名連名の上告趣意

上告趣意(二) 弁護人澤田隆義ほか二名連名の上告趣意

上告趣意(三) 弁護人八木良夫の上告趣意

上告趣意(四) 弁護人福島幸夫ほか三名連名の上告趣意

二  左の上段の文言は、下段の意味である。

業界 石油業界

元売り会社 石油製品元売り会社

三  株式会社については、名称中「株式会社」を単に(株)と表示する。

四  被告人中自然人たる被告人は、例えば「被告人齋藤純一」又は単に「被告人齋藤」と表示し、法人たる被告人は、例えば「被告会社太陽石油」と表示する。また、単に「被告人ら」というときは、原則として自然人たる被告人らを指すが、自然人たる被告人らと法人たる被告人らを総称して「被告人ら」ということもある。

第一  上告趣意(一)第一点、第二点について

所論は、独禁法八九条から九一条までの罪に係る訴訟の第一審の裁判権を東京高等裁判所に専属させ、右各罪につき二審制を定めている同法八五条三号の規定は、憲法一四条一項、三一条、三二条に違反する、というのである。

しかしながら、裁判権及び審級制度については、憲法八一条の要請を満たす限り、憲法は法律の適当に定めるところに一任したものと解すべきことは、当裁判所の判例(昭和二二年(れ)第一二六号同二三年七月一九日大法廷判決・刑集二巻八号九二二頁、同二三年(れ)第一六七号同年七月一九日大法廷判決・刑集二巻八号九五二頁、同二七年(テ)第六号同二九年一〇月一三日大法廷判決・民集八巻一〇号一八四六頁)のくりかえし判示するところである。もつとも、右各判例も、裁判権及び審級制度に関する定めにつき、立法機関の恣意を許すとする趣旨ではなく、ある種の事件につき他と異なる特別の審級制度を定めるには、それなりに合理的な理由の必要とされることを当然の前提としていると解すべきであるが、独禁法八九条から九一条までの罪については、これらの対象とする行為がわが国の経済の基本に関するきわめて重要なものであつて、これに対する判断が区々に分れその法的決着が遅延することは好ましくないこと等の特殊な事情があることなどに照らすと、独禁法が、右各罪に係る訴訟につき、その第一審の裁判権を東京高等裁判所に専属させ裁判官五名をもつて構成する合議体により審理させることとして、審級制度上の特例を認めたことには、それなりに合理性がないとはいえないというべきである。そうすると、同法八五条三号の規定が憲法一四条一項、三一条、三二条に違反するものでないことは、当裁判所の前記各大法廷判例の趣旨に徴して明らかであつて、所論は、理由がない。

第二  同第三点について

所論は、独禁法八五条三号の規定は、本来裁判所の自主的な規則によつて定められるべき刑事訴訟の管轄等の定めを法律によつて規定したものであるから、最高裁判所の規則制定権を定めた憲法七七条一項に違反する、というのである。

しかし、法律が一定の訴訟手続に関する規則の制定を最高裁判所規則に委任してもなんら憲法に違反するものでないことは、当裁判所の判例(昭和二四年(れ)第二一二七号同二五年一〇月二五日大法廷判決・刑集四巻一〇号二一五一頁)の示すところであり、右判例が、法律により刑事訴訟の管轄等を定めることができるものであることを前提としていることはいうまでもない(最高裁昭和二八年(あ)第五三九号同三〇年四月二二日第二小法廷判決・刑集九巻五号九一一頁参照)。そうすると、独禁法八九条から九一条までの罪に係る訴訟の第一審の裁判権が東京高等裁判所に属することを定めた同法八五条三号の規定が憲法七七条一項に違反するものでないことは、当裁判所の前記大法廷判例の趣旨に徴して明らかである。所論は、理由がない。

第三  同第四点について

所論は、独禁法八九条一項一号の規定は、その定める構成要件があいまい不明確であるから、憲法三一条に違反する、というのである。

しかし、独禁法八九条一項一号所定の罪の構成要件については、合理的な解釈によつてその意義を明確に理解しうるのであり(後記第五及び第六参照)、これが所論のようにあいまい不明確であるとはいえないから、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

第四  同第五点ないし第九点について

所論は、多岐にわたるが、その主張の要旨は、原判決が、石油製品価格に関する通産省のガイドライン行政指導は本件当時慣行として定着していたとはいえないとしている点、本件の行為主体が石連の営業委員会とは別個の「価格の会合」であつたとしている点、被告人らの行為につき「業界における主体的・自発的値上げの合意」であつて、行政指導に対する協力行為ではないとしている点はすべて誤りであり、かかる誤つた事実認定を前提として、被告人らが石油製品価格に関し独禁法三条、八九条一項一号、九五条一項によつて禁止・処罰される不当な取引制限行為(共同行為)を行つたと認める原判決には、重大な事実誤認がある、というのである。

所論は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもつて判断すると、原判決のうち、本件当時における石油製品価格に関する通産省の行政指導の認定評価に関する説示部分及び本件各行為の主体等に関する認定部分には一部首肯しえない点があるが、被告会社らの従業者である被告人らが、その所属する被告会社の業務に関し、石油製品価格を各社いつせいに引き上げる旨の合意をしたものと認めた原判決の結論は、証拠上これを是認することができる(但し、後記説示のとおり無罪とする被告人らの関係を除く。第一五及び第一六参照)。その理由は、次のとおりである。

一原判決は、本件当時、石油製品価格に関し通産省によるおおむね次のような行政介入が行われていたとしており、これらの事実は、記録上いずれもこれを肯認することができる。

1オペックの第一次ないし第三次原油値上げに伴い、業界による石油製品の値上げが予測された昭和四六年二月ころ、通産省鉱山石炭局長は、石連会長に対し、原油の値上がりを石油製品価格に転嫁する場合の基本方針を示すとともに、値上げする場合には、業界で勝手にこれを行わず、通産省に事前に連絡するように指示した。

2同年三月から四月にかけて、通産省担当官は、業界に対し、原油値上がり分のうち一バーレル当り一〇セントを業界に負担させることを内容とする、いわゆる「一〇セント負担」指導を行つて平均値上げ幅を示すとともに、これを油種別に展開した油種別値上げ幅の数字を示してその遵守を要請し、種々の折衝ののち、業界は、最終的に通産省の意向に副う値上げ案を作成し、その実行をした。

3同年一〇月から一一月にかけて、通産省は、石連会長らに対し、民生の安定上重要であるとして、元売り各社の白灯油価格を同年冬は引き上げずに、前需要期の各社それぞれの平均価格以下にするように各社を指導する措置を講ずる旨通知した。

4同四七年二月、業界による「一〇セント負担」の解除の要請及び市況悪化を理由とする値上げの要請は、通産省担当官によつていずれも拒否されたが、同省鉱山石炭局幹部と業界首脳との会談ののち、業界の作成した油種別値上げ案が、結局において同省により了承された。

5その際、通産省鉱山石炭局石油計画課長鈴木両平は、石連営業委員長岡田一幸に対し、今後値上げの必要が生じたときは、予め話しに来るように指示した。

6本件第一回の値上げに際し、同年一二月、業界による「一〇セント負担」解除の要請が同局石油計画課総括班長角南立によつて拒否されたため、業界は、「一〇セント負担」を前提とする修正案を作成し、担当官の了承を得た。

7その後の第二回ないし第五回の値上げに際しても、通産省担当官は、業界による値上げの実施前に、その作成した値上げ案に対する了承を与えた。

8同四八年六月一八日の営業委員会においては、角南総括班長らが、文書に基づき、新ジュネーブ協定による原油値上がり分は、円高による差益とほぼ相殺となるので、その分の製品値上げをしてはならないこと等を内容とする価格指導方針を説明し(いわゆる「チャラ論指導」)、なお、その際、市況調整値上げ分の製品値上げは、十分説明のつくもの以外は認めない旨付言した。

9その直後、石連重油専門委員会(スタディ・グループ)の出光昭が、被告会社出光興産の社内資料に基づき中間留分についての値上げ案の内容を説明して意向を打診したが、角南総括班長は、業界全体の資料による説明でなければ困るとして、その回答を留保した。

10同月末、鈴木課長は、業界の七月値上げ案をいつたん了承したが、国会が開会中であることなどを理由に、その実施を一か月延期するよう要請し、業界は右指導に従つた。

11同年九月、資源エネルギー庁石油部長熊谷善二は業界に対し、家庭用灯油値上げの撤回を申し入れたが、石連営業委員長の被告人齋藤純一はこれに応ぜず、結局、石連久米田理事のあつせんにより、家庭用灯油価格を九月末の時点で凍結することで落着した。

12同年一一月の値上げの際にも、角南総括班長は、被告会社出光興産の社内資料に基づき値上げ案の説明をした右被告人齋藤に対し、業界全体の資料を要求した。

二以上によると、通産省は、昭和四七年以降の本件を含む一連の石油製品の値上げに際しては、業界の値上げ案作成の段階において基本的な方針を示して業界を指導し(前記一、4、6、8)、これによつて、業界作成の値上げ案に通産省の意向を反映させたことが認められるが、同四六年の値上げの際と異なり、業界が作成してきた値上げ案に対しその値上げ幅をさらに削減させたり、自ら油種別値上げ幅の数字を示したりするような積極的・直接的な介入は、できる限りこれを回避していこうとする態度であつたことが窺われる。

しかし、通産省がこのような基本的態度をとつていたということは、当時の行政指導が必ずしも弱いものであつたことを意味するものではない。前記のとおり、業界は、昭和四六年のいわゆる「一〇セント負担」を内容とする一連の行政指導によつて、石油製品の油種別上限価格を抑えられていたのであり(前記一、2)、その後の値上げの際には、通産省担当官から事前に話しに来るように指示されており(5)(なお、前後の経緯からすると、これは、値上げの上限に関し業界が事前に通産省担当官の了承を得るように指示されていたことを意味すると認められる。)、また、業界の値上げの希望は、同省の基本方針と抵触する限り事実上許容されなかつた(4、6)ばかりでなく、時には、同省が積極的に示した方針を値上げ案に反映させられたり(8)、いつたん了承を得た値上げ案の実施時期を延期せざるをえなかつたこともある(10)。また、業界が通産省の了承を得るには、必ず業界全体の資料に基づく説明が要求された(9、12)のであつて、当時のこのような通産省の行政指導(なお、右行政指導が違法とまではいえないことは、後記第一〇に説示のとおりである。)を前提とする限り、石油製品価格を、通産省の指導を無視して各社がその個別的判断によつて引き上げることは、事実上きわめて困難なことであつたといわなければならず、この点からすると、値上げに関する通産省の了承を得るための業界の価格に関する話合いないし合意が独禁法上一切許されないと解することは、業界に難きを強いる結果となつて、妥当とはいえない。したがつて、オペック及びオアペック等による原油値上げという石油製品の客観的値上げ要因を抱え、値上げの必要に迫られていた業界において、値上げの上限に関する通産省の了承を得るために、各社の資料を持ち寄り価格に関する話合いを行つて一定の合意に達することは、それがあくまで値上げの上限についての業界の希望に関する合意に止まり、通産省の了承が得られた場合の各社の値上げに関する意思決定(値上げをするか否か、及び右上限の範囲内でどの程度の値上げをするかの意思決定)をなんら拘束するものでない限り、独禁法三条、二条六項の禁止する不当な取引制限行為にあたらないというべきである。しかしながら、これと異なり、各事業者の従業者等が、値上げの上限に関する右のような業界の希望案を合意するに止まらず、その属する事業者の業務に関し、通産省の了承の得られることを前提として、了承された限度一杯まで各社一致して石油製品の価格を引き上げることまで合意したとすれば、これが、独禁法三条、八九条一項一号、九五条一項によつて禁止・処罰される不当な取引制限行為(共同行為)にあたることは明らかである。そうすると、本件における被告人らの行為が同法によつて処罰されるべきものであるかどうかは、それが証拠上右のいずれの場合にあたると認められるかによることとなる。

三そこで、この点につき検討するに、各被告会社の営業担当役員である被告人らが、オペック及びオアペック等の原油値上げに対応して、昭和四八年一月から一一月にかけ五回にわたり、石油製品価格の引上げを行うに際し、油種別の値上げ幅とその実施時期について一定の合意に達したことは、記録上明らかなところである。所論は、被告人らは、値上げの上限に関する通産省の了承を得るための業界の希望案について合意したにすぎないと主張するが、原判決が共同行為の存在を推認させるものとして指摘する多くの客観的事実関係の中には、被告人らが、通産省の了承の得られることを前提としてではあるが、各社いつせいに石油製品価格の引上げを行うこと及びその際の油種別の値上げ幅と実施時期についてまで合意したと考えるのでなければ合理的に理解することのできないものが多数存在し(例えば、原判決第三、三、(二)、1、(2)のニ、ホ、ト、チ、ヌなど)、これらの点については、所論によつても的確な反論がなされているとは認め難い。さらに、本件各合意の直後に、各被告会社においてほぼ一致して、合意された価格と実施時期におおむね対応する値上げの指示が支店等に対してなされていること、さらには、一致して共同行為の存在を認めた被告人らの検察官調書の内容(なお、被告人らの検察官調書は、証拠上否定し難い通産省の前記のような行政指導にはほとんど全く触れておらず、捜査に欠けるところがあつてこれを全面的に措信することには問題が残るにしても、少なくとも前記一連の客観的事実関係とあいまつて、共同行為を認定するための資料とはなりうるものと解する。)等記録上明らかな証拠関係に照らすと、被告人らは、油種別の値上げの上限に関する業界の希望案を合意するに止まらず、右希望案に対する通産省の了承の得られることを前提として、一定の期日から、右了承の限度一杯まで石油製品価格を各社いつせいに引き上げる旨の合意をしたと認めざるをえないのであつて、所論は採用し難い。

四次に、右のような合意をしたのが石連の営業委員会とは別個の「価格の会合」であつたとする原判決の認定には、前記のとおり疑問がある。たしかに、原判決の指摘するとおり、右会合には、営業委員会の本来の構成員であるエッソ・スタンダード石油(株)(以下「エッソ」という。)及びモービル石油(株)(以下「モービル」という。)の各代表が出席していないことが明らかであり、また石連事務局員の列席がなく、議事録の作成もされなかつたことも事実と認められるが、他方、右会合が右両社を除くその余の元売り会社を代表する営業委員又はその代理人(これは、当時の営業委員会の現実の構成員のほぼ全員である。)によつて構成されていたこと、右会合の責任者は営業委員長自身であり、営業委員長の交代とともに右会合の責任者も交代していること、右会合においては、営業委員会の下部機構である重油専門委員会(スタディ・グループ)を使つて基礎計算及び値上げ原案の作成を行わせていること、右会合における合意の内容は、営業委員会によつて行われたことに争いのない昭和四六年の値上げの際の合意と実質において異なるところがないこと、エッソとモービルの代表の欠席は、両社が外資系の会社であるところから、公取委の摘発を恐れてのことであるが、会合における合意の結果は、その都度責任者から両社に連絡されていたこと、石連事務局員の欠席も、石連自身が公取委に摘発された昭和四六年の値上げの際の経験にかんがみ、累が石連に及ぶことを回避するため、右会合が石連とは無関係であるとの外観を作出しようとしたことの結果にすぎないことなどの点も、証拠上明らかなところであつて、これらの諸点を総合して考察すると、本件各合意の行われた会合は、やや変則的な構成ながら、石連の営業委員会とその実体を同じくする会合であつたと認めるのが相当である。したがつて、本件における石油製品価格引上げに関する合意が、石連という事業者団体の機関ひいては石連自身によつて行われたという一面は、これを否定することはできない。

しかしながら、独禁法上処罰の対象とされる不当な取引制限行為が事業者団体によつて行われた場合であつても、これが同時に右事業者団体を構成する各事業者の従業者等によりその業務に関して行われたと観念しうる事情のあるときは、右行為を行つたことの刑責を事業者団体のほか各事業者に対して問うことも許され、そのいずれに対し刑責を問うかは、公取委ないし検察官の合理的裁量に委ねられていると解すべきである。これを本件についてみると、前認定のとおり、各被告会社の営業担当役員である被告人らは、エッソとモービルを除くその余の全元売り会社の営業担当役員によつて事実上構成される石連の営業委員会において、石油製品価格の油種別の値上げ幅と実施時期を定め、通産省の了承を前提として各社いつせいに値上げを行う旨合意をしたものであるところ、かかる事実関係のもとにおいては、被告人らの右行為は、石連の営業委員としての行為であると同時に、その所属する各事業者の業務に関して行われたものと認めるのが相当であるから、右合意をした会合を、原判決の認定と異なり石連の営業委員会であると認定したからといつて、その点は、各被告会社の刑責になんら消長を及ぼすものではない。

五以上のとおりであつて、本件価格協定の存否をめぐる原判決の認定には、前記のとおりその行為主体を石連の営業委員会ではないとしている点等において一部首肯しえないこともあるが、被告人らがその所属する被告会社の業務に関し石油製品の価格をいつせいに引き上げる旨の価格協定を締結したとするその結論は相当として是認することができるから、原判決の右事実誤認は、判決に影響を及ぼすものとはいえない。

第五 同第一〇点について

所論は、価格に関し独禁法三条にいう「不当な取引制限」行為が行われたといえるためには、その違反を防止する有効な手段を伴つた拘束力ある価格協定が締結される必要があるのであつて、右拘束力を事実上不要であるかのごとき説示をした原判決は、法令の解釈を誤り、憲法三一条、三九条に違反する、というのである。

所論は、違憲をいう点を含め、実質は独禁法三条、二条六項の解釈を争う単なる法令違反の主張にすぎず、適法な上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもつて判断すると、原判決の認定したところによれば、被告人らは、それぞれその所属する被告会社の業務に関し、その内容の実施に向けて努力する意思をもち、かつ、他の被告会社もこれに従うものと考えて、石油製品価格を各社いつせいに一定の幅で引き上げる旨の協定を締結したというのであり、右事実認定はさきに説示した意味において当審としても是認しうるところ、かかる協定を締結したときは、各被告会社の事業活動がこれにより事実上相互に拘束される結果となることは明らかであるから、右協定は、独禁法二条六項にいう「相互にその事業活動を拘束し」の要件を充足し同項及び同法三条所定の「不当な取引制限」行為にあたると解すべきであり、その実効性を担保するための制裁等の定めがなかつたことなど所論指摘の事情は、右結論を左右するものではない。したがつて、これと同旨の原判断は、正当である。

第六 同第一一点について

所論は、独禁法二条六項にいう「公共の利益に反して」とは、同法の定める趣旨・目的を超えた「生産者・消費者の双方を含めた国民経済全般の利益に反した場合」をいうと解すべきであるから、これと異なる見解に依拠した原判決は、法令の解釈を誤つたものである、というのである。

所論は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもつて判断すると、独禁法の立法の趣旨・目的及びその改正の経過などに照らすと、同法二条六項にいう「公共の利益に反して」とは、原則としては同法の直接の保護法益である自由競争経済秩序に反することを指すが、現に行われた行為が形式的に右に該当する場合であつても、右法益と当該行為によつて守られる利益とを比較して、「一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する」という同法の究極の目的(同法一条参照)に実質的に反しないと認められる例外的な場合を右規定にいう「不当な取引制限」行為から除外する趣旨と解すべきであり、これと同旨の原判断は、正当として是認することができる。

第七 同第一二点について

所論は、原判決は、「公共の利益に反して」という構成要件に該当するか否かの判断の前提となる事実の認定を誤つたものである、というのである。

所論は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

また、記録を調べても、原判決に、所論のような事実誤認があるとは認められない。

第八 同第一三点において

所論は、事業者たる法人の従業者によつて事実上独禁法違反の行為が行われた場合には、右法人はもとより自然人たる従業者についても、これを処罰すべき罰則が同法上存在しないから、被告人らを同法違反の罪に問擬した原判決は、法令の解釈適用を誤り、憲法三一条、三九条に違反する、というのである。

所論は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもつて判断すると、本件におけるように、事業者たる法人の従業者である自然人が、その所属する法人の業務に関して、独禁法八九条一項一号に違反する行為をした場合には、行為者たる自然人及びその所属する法人は、いずれも、同法九五条一項及び同法八九条一項一号により処罰されると解すべきである(最高裁昭和五四年(あ)第一四五一号同五五年一〇月三一日第一小法廷決定・刑集三四巻五号三六七頁、同三三年(あ)第一五一二号同三四年六月四日第一小法廷決定・刑集一三巻六号八五一頁各参照)。この点に関する原判決の説示中には、措辞やや適切を欠く点もあるが、被告人らが独禁法八九条一項所定の刑罰(但し、法人については罰金刑のみ)に処せられるべきであるとしたその結論は、正当である。

第九 同第一四点について

所論は、独禁法八九条一項一号の罪の既遂時期は、共同行為によつて合意された内容が現実に実施に移されたときと解すべきであるから、合意の時点又はその実施時期の到来した時点において右罪が既遂に達するとした原判決は、判例(東京高等裁判所昭和三一年一一月九日判決・行政事件裁判例集七巻一一号二八四九頁)に違反し、同法の解釈を誤つたものである、というのである。

所論のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は、共同行為が行われても合意の内容が実施に移されない限り独禁法八九条一項一号の罪は成立しないという趣旨まで判示したものとは認められないから、前提を欠き、その余は単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもつて判断すると、事業者が他の事業者と共同して対価を協議・決定する等相互にその事業活動を拘束すべき合意をした場合において、右合意により、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争が実質的に制限されたものと認められるときは、独禁法八九条一項一号の罪は直ちに既遂に達し、右決定された内容が各事業者によつて実施されることや決定された実施時期が現実に到来することなどは、同罪の成立に必要でないと解すべきである。原判決の記載も、これを全体としてみれば、結局右に説示したところと同趣旨に帰着すると認められるので、原判決に所論のような法令解釈の誤りがあるとは認められない。

第一〇 同第一五点、第一七点について

所論は、被告人らは、通産省による適法な行政指導に従つて行動していたのであるから、その行為は、全体としての法秩序に反せざるものとして違法性が阻却されるというべきであつて、右違法性の阻却を認めなかつた原判決は、事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つたものである、というのである。

所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもつて判断すると、物の価格が市場における自由な競争によつて決定されるべきことは、独禁法の最大の眼目とするところであつて、価格形式に行政がみだりに介入すべきでないことは、同法の趣旨・目的に照らして明らかなところである。しかし、通産省設置法三条二号は、鉱産物及び工業品の生産、流通及び消費の増進、改善及び調整等に関する国の行政事務を一体的に遂行することを通産省の任務としており、これを受けて石油業法は、石油製品の第一次エネルギーとしての重要性等にかんがみ、「石油の安定的かつ低廉な供給を図り、もつて国民経済の発展と国民生活の向上に資する」という目的(同法一条)のもとに、標準価格制度(同法一五条)という直接的な方法のほか、石油精製業及び設備の新設等に関する許可制(同法四条、七条)さらには通産大臣をして石油供給計画を定めさせること(同法三条)などの間接的な方法によつて、行政が石油製品価格の形成に介入することを認めている。そして、流動する事態に対する円滑・柔軟な行政の対応の必要性にかんがみると、石油業法に直接の根拠を持たない価格に関する行政指導であつても、これを必要とする事情がある場合に、これに対処するため社会通念上相当と認められる方法によつて行われ、「一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する」という独禁法の究極の目的に実質的に抵触しないものである限り、これを違法とすべき理由はない。そして、価格に関する事業者間の合意が形式的に独禁法に違反するようにみえる場合であつても、それが適法な行政指導に従い、これに協力して行われたものであるときは、その違法性が阻却されると解するのが相当である。

そこで、本件についてこれをみると、原判決の認定したところによれば、本件における通産省の石油製品価格に関する行政指導は、昭和四五年秋に始まるオペック及びオアペック等のあい次ぐ大幅な原油値上げによる原油価格の異常な高騰という緊急事態に対処するため、価格の抑制と民生の安定を目的として行われたものであるところ、かかる状況下においては、標準価格制度等石油業法上正式に認知された行政指導によつては、同法の所期する行政目的を達成することが困難であつたというべきである。また、本件においては通産省が行つた行政指導の方法は、前認定のとおり、昭和四六年の値上げの際に設定された油種別価格の上限を前提として、値上げを業界のみの判断に委ねることなく事前に相談に来させてその了承を得させたり、基本方針を示してこれを値上げ案に反映させたりすることにより価格の抑制と民生の安定を保とうとしたものであつて、それが決して弱いものであつたとはいえないにしても、基本的には、価格に関する積極的・直接的な介入をできる限り回避しようとする態度が窺われ、これが前記のような異常事態に対処するため社会通念上相当とされる限度を逸脱し独禁法の究極の目的に実質的に抵触するものであつたとは認められない。したがつて、本件当時における通産省の行政指導が違法なものであつたということはできない。

しかしながら、すでに詳細に認定・説示したところから明らかなとおり、本件において、被告人らは、石油製品の油種別値上げ幅の上限に関する業界の希望案について合意するに止まらず、右希望案に対する通産省の了承を得られることを前提として、一定の期日から、右了承の限度一杯まで各社いつせいに価格を引き上げる旨の合意をしたものであつて、これが、行政指導に従いこれに協力して行われたものと評価することのできないことは明らかである。したがつて、本件における被告人らの行為は、行政指導の存在の故にその違法性を阻却されるものではないというべきであり、これと同旨に帰着する原判断は、正当である。

第一一 同第一八点について

所論は、被告人らは、通産省担当官の行政指導に従つて行動していたのであつて、違法性の意識を欠き、かつそのことに無理からぬ事情があつたのであるから、被告人らには独禁法違反の犯意がないというべきであり、したがつて、被告人らの犯意の阻却を認めなかつた原判決は、事実を誤認したものである、というのである。

所論は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもつて、判断すると、被告人らの本件各行為が通産省担当官の行政指導に従つて行われたと認められないことは前説示のとおりであり、また、記録によれば、被告人らに違法性の意識があつたことはこれを否定し難いのであつて、これと同旨の原判断は、正当である。なお、所論は、原審において無罪の確定している石油連盟ほか二名に対する独禁法違反被告事件の判決(東京高等裁判所昭和四九年(の)第一号同五五年一一月二八日判決、いわゆる生産調整事件判決)の判示を援用して、本件についても右事件におけると同様犯意の阻却を認めるべきであると主張するが、右事件と事案を異にする本件において被告人らの犯意の阻却を認めないことは、なんら右判決の判示と矛盾・抵触するものではない。

第一二 同第一六点について

所論は、本件において公取委から検事総長に提出された告発状には、独禁法三三条一項、刑訴規則五八条一項に違反する方式上の瑕疵があり、右告発はその効力を有しないというべきであるから、これを有効と認めた原判決には、法令の解釈を誤つた違法がある、というのである。

所論は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもつて判断すると、独禁法六九条は、同法八九条から九一条までの罪につき、公取委の文書による告発を訴訟条件としているほか、告発の方式につきなんら定めるところがないが、公取委が合議体の行政官庁であつて、委員長がこれを代表するとされていること(同法三三条一項)、及び右告発状が起訴後は当然に裁判所への提出を予定されたものであることなどに照らすと、右告発状の方式には、刑訴規則五八条の適用ないし準用があり、委員長の署名押印が必要であると解すべきである。ところで、本件において検察官が訴訟条件の立証のため提出した告発状等の書面には、公取委の記名と庁印の押捺はあるが、委員長の署名押印がないのであるから、右告発状等には、刑訴規則五八条に違反する方式上の瑕疵があるといわなければならない。

しかしながら、告発状に刑訴規則五八条違反の方式上の瑕疵がある場合でも、その体裁・形式・記載内容などから、これが告発人の真意に基づいて作成されたものであることが容易に推認されうるときは、右告発状の訴訟法上の効力は否定されないと解すべきである。右の観点から本件告発状等をみると、昭和四九年二月一五日付の検事総長あて告発状の一枚目には、作成名義人として「公正取引委員会」の記名と庁印の押捺があるほか、右告発状は二枚目以下に添付・契印されてその内容をなすと認められる同日付の告発状と題する書面には、告発人として「公正取引委員会、右代表者委員長高橋俊英、右指定代理人富田孝三」、被告発人として出光興産株式会社ほか二四名の各表示及び本件一連の告発事実の各記載があり、また、やはり同日付の告発代理人指定書と題する「公正取引委員会委員長高橋俊英」の記名押印ある文書には、告発人公取委が被告発人出光興産株式会社ほか二四名に対する告発事件につき復代理人選任以外の一切の告発に関する権限を公取委事務局勤務の検事兼総理府事務官富田孝三に委任する旨の記載があるのであつて、これらの書面を全体として観察すれば、本件告発状が公取委の真意に基づき作成されたものであることを容易に推認することができるから、右告発状に関する前記のような方式上の瑕疵は、その訴訟法上の効力に影響を及ぼすものではないと解すべきである。したがつて、この点に関する原判断は、正当である。

第一三 同第一九点について

所論は、被告会社大協石油の営業担当役員であつた被告人愛知良一及び同橘田孝重は、本件各価格協定に参加した事実がないのであるから、右被告人両名及び被告会社大協石油を有罪と認めた原判決は、事実を誤認したものである、というのである。

所論は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもつて記録を調査すると、右被告人両名が被告会社大協石油の業務に関し、本件各価格協定の行われた会合に加わり(被告人愛知は第一回ないし第三回、同橘田は第四回、第五回。但し、第五回は電話連絡による。)、その余の被告人らと共同して石油製品価格の値上げに関する合意をしたと認めた原判決に、所論の事実誤認があるとは認められない。

第一四 同第二〇点について

所論は、被告会社シェル石油の営業担当役員であつた被告人説田長彦は、本件各価格協定に加わつておらず、少なくとも、違法性の意識がなかつたのであるから、右被告人両名を有罪と認めた原判決は、事実を誤認したものである、というのである。

所論は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

また、所論にかんがみ、職権をもつて記録を調査しても、被告人説田長彦の行動等に関する原判決の認定に、所論の事実誤認があるとは認められない。

第一五 上告趣意(二)、(三)について

所論は、被告人田村靖一は、被告会社太陽石油の業務に関し、その余の被告人らと共同して石油製品価格のいつせい引上げを行う旨の合意に加わつていないから、右合意への参加を肯定した原判決は事実を誤認したものであり、また、原判決が、被告会社太陽石油の元売りしていないガソリン及びジェット燃料油の両油種の価格協定についてまで被告人田村の共謀による加担を肯定した点は、判例(最高裁昭和二九年(あ)第一〇五六号同三三年五月二八日大法廷判決・刑集一二巻八号一七一八頁)に違反し、法令の解釈適用を誤つたものである、というのである。

所論にかんがみ、職権をもつて判断すると、原判決中被告人田村靖一及び被告会社太陽石油に関する部分は、次の理由により、破棄を免れない。

一原判決は、被告会社太陽石油の営業担当役員である被告人田村靖一が、本件五回の価格協定の行われた会合に終始加わつていたこと(但し、第五回については、電話連絡による。)、同被告会社においては、右各協定のうち、合意された値上げの実施時期にほぼ見合う時期に、ガソリン及びジェット燃料油を除くその余の油種について、支店等に対し値上げの指示を行つていることなどの事実を認定して、右両油種以外の油種につき被告人田村が同被告会社の業務に関し独禁法三条、二条六項所定の不当な取引制限行為にあたる価格協定に加わつたと認めたほか、本件においては、全油種平均値上げ幅を計算したうえ、これを各油種に展開して各油種の値上げ幅が決定されたものであつて、右両油種の各値上げ幅が同被告会社の取り扱うその余の油種の値上げ幅に影響することを重視して、同被告人が同被告会社の業務に関し、右両油種に関しても、他の被告人らと共謀して、同被告会社を除くその余の被告会社らによる本件価格協定に加わつたものと認定した。

二しかしながら、原判決の認定した事実及び記録上明らかな事実を併せると、被告会社太陽石油に関しては、その取り扱う油種及び現実の値上げ指示の状況等に関し、他社と異なる次のような事情の存したことを指摘することができる。

1被告会社太陽石油は、ジェット燃料油を取り扱つておらず、また、ガソリンはその全量を被告会社シェル石油に、日銀の卸売物価指数にリンクした価格で売り渡すことを契約上義務付けられているため、右両油種については他社と足並みを揃えて値上げすることが客観的に不可能であり、現に、本件当時被告会社太陽石油において、右両油種に関する値上げの指示がなされたことは一度もないこと

2その余の油種については、同被告会社においてもある程度の値上げの指示がなされているが、その状況は、合意された内容と金額及び実施時期の点で、かなりのくいちがいがあること(例えば、原判決が第一回値上げに照応するものとして認定した同被告会社の値上げ指示の内容は、その実施時期が合意されたそれより一月遅れであつて、ナフサ、C重油についての指示を欠くほか、軽油、A重油、B重油の値上げ幅も合意と相当大幅に異なるものであり第二回値上げに照応するものとして原判決が認定したところも、実施時期が二月遅れであつて、C重油についての指示を欠き、その余の油種の値上げ幅も合意と大幅に異なるものである。原判決の認定にかかる第三回値上げに照応する同被告会社の値上げの指示は、昭和四八年六月、七月、八月の三回に分けて小きざみになされていて、他社が値上げを見送つた七月にも一部値上げが断行されているほか、三回分の値上げ指示額の合計は、いずれも合意された価格とかなりの相違を来たしている。第四回、第五回値上げについても、多かれ少なかれ、同様の事情を指摘することができる。)

三また、右二に指摘した被告会社太陽石油の特異な行動と関連する事実として、証拠上明白な次の諸点を指摘することができる。

1同被告会社は、業界におけるシェアがわずかに1.3ないし1.5パーセントの後発の元売り会社であり(業界最下位の第一四位)、ガソリン及びジェット燃料油に関し前記二1のような特殊な事情があるほか、その余の油種についても、その約三分の二を三菱商事(株)、住友商事(株)、伊藤忠商事(株)及び兼松江商(株)の四商社に売り渡しており、支店等において同被告会社が独自に販売しているのは、残り約三分の一にすぎず、右支店等における一般売りの販売価格も、基本的には右四商社と取り決めた価格によつていること

2したがつて、同被告会社における石油製品価格は、同社において一方的に決定することができず、四商社との協議に委ねられていること

3同被告会社と四商社との値上げ交渉は、原価主義に基づき、年間一〇億円の利益を同被告会社に留保するという商社側との了解のもとに行われるのであり、現に本件においてもそのような交渉による商社側との合意に基づき値上げが実行されたのであるが、同被告会社が原油の相当量を右商社から購入している関係上、商社側は原油値上りの状況を知悉しているため、商社への売渡し価格に関する交渉の余地は、大きくないこと

4同被告会社は、現に合意の内容と大幅に異なる値上げ指示をしているにもかかわらず、他社から協定違反の抗議を受けたことは一度もなく、また、通産省においても、第三回値上げに際して行つた一か月延期の行政指導に従わない同被告会社の行動を黙認していること

四以上の二及び三各指摘の事実関係に照らして被告人田村の行動をみると、同被告人は、営業委員会における合意の内容に従い他社と足並みを揃えて石油製品価格の引上げを行うことが被告会社太陽石油にとつて事実上不可能であるだけでなくそれほど必要性の強いことでもなかつたところから、合意の内容の実施に向けて努力する意思を有しておらず、また、他社においても、同被告会社のかかる特殊性にかんがみ、そのことを暗黙のうちに了解していたのではないかという合理的な疑いがいまだ払拭されないというべきである。もつとも、原判決の認定するとおり、被告人田村は、本件一連の価格協定の行われた会合に出席しているのであり、少なくともこれに反対する意見を述べた形跡は証拠上見当らないのであるが、右協定の行われた会合がやや変則的な構成ながら石連の営業委員会であつて、右会合における被告人らの行為の中に、石油製品価格引上げの上限に関する通産省の了承を得るための希望案の作成という性格のものがあつたと考えられることは、前説示のとおりであり、右希望案の作成については同被告会社といえども利害関係を有していたものと認められ、被告人田村が右希望案の作成のみに関与する趣旨で会合に出席したということも考えられるのであるから、被告人田村が右一連の会合に出席していたということから、直ちに、同被告人が同被告会社の業務に関して、本件価格協定に参加したと認めることはできない。したがつて、右被告人両名に対する本件各公訴事実については、犯罪の証明がないと認めるほかはない。

五そうすると、これと異なり、被告人田村及び被告会社太陽石油を、本件各公訴事実につき有罪と認めた原判決には、重大な事実誤認の違法があり、右違法は判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

第一六 上告趣意(四)について

所論は、本件起訴状によつて起訴された被告会社九州石油は、被告人大橋退助がその業務に関して本件各価格協定に参加した九州石油(株)とは法人格を異にする別個の会社であり、被告会社九州石油は右犯行とは無関係なのであるから、これを有罪と認めた原判決は、事実を誤認し、法令に違反し、かつ判例(最高裁昭和三八年(あ)第一九八号同四〇年五月二五日第三小法廷判決・刑集一九巻四号三五三頁)にも違反する、というのである。

所論にかんがみ、職権をもつて判断すると、原判決中被告会社九州石油に関する部分は、次の理由により、破棄を免れない。

一原判決は、被告会社九州石油の刑責の有無を判断するにあたり、おおむね次のような事実を認定している。

1商号を九州石油(株)とし、本店を東京都千代田区内幸町二丁目二二番地に置き、資本金を三〇億円とする株式会社が、昭和三五年一二月二〇日に設立され(以下、右会社を「千代田区の九州石油」という。)、被告人大橋は、同会社の業務に関し、本件各価格協定に参加したものである。

2右「千代田区の九州石油」は、その発行する額面株式一株の金額を五〇〇円から五〇円に変更してこれに市場流通性を持たせる目的で、登記簿上のみ存在し実体を欠くいわゆる休眠会社に吸収合併されることを企図し、中島久雄を介して、休眠会社の売買を行つていた武田修男にそのあつせんを依頼した。

3右武田は、昭和三七年ころ、清算人である川井省三から買い取つてあつた休眠会社不二運輸(株)(昭和一六年六月に設立され、同一九年七月に解散の決議をし、同年一〇月その登記をする一方、残余財産の分配を終えて清算事務を終了したが、商法四二七条一項所定の決算報告書の作成・承認及び清算結了の登記は未了のまま放置されていたもの)につき、昭和四六年一月二六日、会社継続を内容とする株式会社継続登記、商号・本店等の変更登記(変更後の商号は辰巳商事(株)、同本店は東京都江東区門前仲町一丁目一三番一三号)手続を経たうえ、吸収合併の準備として、同年六月三〇日、辰巳商事(株)の商号を九州石油(株)に、その目的を石油精製及び石油製品の販売等にそれぞれ変更し(以下、同社を「江東区の九州石油」という。)、辰巳商事(株)の全取締役及び監査役が辞任し、代わつて「千代田区の九州石油」の社員がこれに就任したことを内容とする株式会社変更登記手続を行つた。

4「千代田区の九州石油」は、その後、株式上場の準備を進め、昭和四八年五月一〇日、株式の額面金額の変更のみを目的として、「江東区の九州石油」との間で、後者が前者を合併することを内容とする合併契約書を作成したうえ、所要の手続を経て、同年一二月一日株式会社合併登記手続を完了し、同年一二月一七日には、「千代田区の九州石油」の解散登記及び「江東区の九州石油」の本店を「千代田区の九州石油」の本店所在地に移転する旨の変更登記手続をそれぞれ行つた。

二右の事実関係を前提とし、原判決は、「江東区の九州石油」は、その前身である不二運輸(株)が清算事務の終了により消滅して以来登記簿上のみ存在する不存在の会社であつたというべきであるから、これと「千代田区の九州石油」との合併は成立せず、「千代田区の九州石油」は合併及びこれに基づく解散の登記にもかかわらず、引き続き存在する(すなわち、被告会社九州石油がそれである)と解して、被告会社九州石油の刑責を肯定したのである。

三しかしながら、清算の結了により株式会社の法人格が消滅したといえるためには、商法四三〇条一項、一二四条所定の清算事務が終了したというだけでは足りず、清算人が決算報告書を作成してこれを株主総会に提出しその承認を得ることを要し(同法四二七条一項)、右手続が完了しない限り、清算の結了によつて株式会社の法人格が消滅したということはできない。本件についてこれをみると、原判決は、「江東区の九州石油」の前身たる不二運輸(株)が解散して清算事務を終了したとの事実を認定するが、他方において、同会社につき、同法四二七条一項所定の手続が終了していなかつたと認めているのであるから、右の事実関係のもとにおいては、同会社はいまだ清算の結了によつて消滅したとはいえない。したがつて、同会社に対する会社の継続及び「千代田区の九州石油」との間の合併契約等所定の手続を履践して行われた本件吸収合併は、これを不成立ないし不存在と観念することは許されないのであつて、合併無効の訴えによりその効力を否定されない限り、商法上有効であるといわざるをえない。右のとおりであるとすると、被告人大橋がその業務に関して本件価格協定に加わつた「千代田区の九州石油」は、その後「江東区の九州石油」に吸収合併されてその法人格を喪失したものというべきであり、したがつて、右合併後現に存在する九州石油(株)は「江東区の九州石油」であつて「千代田区の九州石油」とは別個の法人であるといわざるをえない。

四ところで、本件起訴状にいう被告会社九州石油が現に存在する九州石油(株)を意味すると解すべきことは、原審における検察官の主張及び記録上明らかな本件訴訟の経過等に照らして明らかであるところ、右九州石油(株)は、被告人大橋がその業務に関して本件価格協定に参加した「千代田区の九州石油」とは前記のとおり法人格を異にする会社であるといわざるをえないうえ、刑事責任については民事責任とは異なり合併による承継を理論上肯定し難いのであるから、合併後現に存在する九州石油(株)に対し、吸収合併により消滅した「千代田区の九州石油」の刑責を追及することは許されず、結局、他に特段の事情の認められない本件においては、被告会社九州石油については、その犯罪の証明がないことに帰着する。(なお、本件起訴状の公訴事実中には、被告人大橋退助が被告会社九州石油の常務取締役として、その業務に関し本件各価格協定に参加した旨の記載がある。しかし、原審第一回公判期日における検察官の意見などによれば、検察官は、被告人大橋が、本件当時石油製品元売りの営業活動をしていた九州石油(株)すなわち「千代田区の九州石油」の業務に関し本件各価格協定に参加したものとしてその刑責を追及していると認められるのであり、同被告人が右検察官主張の立場において本件価格協定に参加したこと自体は証拠上明らかなところであるから、被告会社九州石油に対する場合とは異なり、被告人大橋に対する本件各公訴事実は、その証明が十分であるといわなければならない。)

五そうすると、これと異なり、「千代田区の九州石油」と「江東区の九州石油」との合併が成立しないとして、被告会社九州石油を本件各公訴事実につき有罪と認めた原判決には、清算結了による株式会社の法人格の消滅等に関する商法の規定の解釈を誤り、ひいて刑罰法規の適用を誤つた違法があるというべきであり、右違法は判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

第一七 結論

以上のとおりであつて、原判決のうち、被告会社太陽石油及び被告人田村靖一に関する部分を刑訴法四一一条三号により、被告会社九州石油に関する部分を同条一号により、それぞれ破棄したうえ、犯罪の証明がないものと認めて、同法四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、右被告人三名に対しいずれも無罪の言渡しをすることとするが、その余の被告人らの本件各上告は、その理由がないので、同法四一四条、三九六条により、いずれもこれを棄却することとする。

この判決は、裁判官全員一致の意見によるものである。

(木下忠良 宮﨑梧一 大橋進 牧圭次)

弁護人眞子傳次、同出射義夫、同梶原正雄、同江口英彦、同澤田隆義、同泉政憲、同八木良夫、同山本清二郎、同佐久間幾雄、同芦苅伸幸、同植松正、同佐野隆男、同近藤良紹、同吉田太郎、同大島功、同井本台吉、同沼辺喜郎、同長野法夫、同宮島康弘、同熊谷俊紀、同福島幸夫、同興石睦、同松澤與市、同寺村温雄、同日沖憲郎、同田中慎介、同久野盈雄、同今井壮太、同羽中田金一、同梶谷玄、同梶谷剛、同大橋正春、同田邊雅延、同竹内誠、同藤井正博、同山田尚、同馬塲東作、同高津幸一の上告趣意《省略》

弁護人澤田隆義、同泉政憲、同八木良夫の上告趣意《省略》

弁護人福島幸夫、同輿石睦市、同松澤與市、同寺村温雄の上告趣意《省略》

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